新潟県の女児の事件

新潟県で女児が亡くなる事件が発生しましたが、親は帰宅時間が遅いと感じた5時頃に警察に連絡するなどかなり対応が早かったみたいですね。

それだけほとんど毎日家へまっすぐ帰宅するとか、習い事の予定があっていつもは時間通りに帰るのにとかそういう理由があったんでしょうかね。

あるいは一人っ子などで親が帰宅時間にはかなり心配する環境だったのかもしれませんが。

普通だと5時までに帰らなくても明るい時間帯だから事故でなければほぼ無事に帰ってくる可能性が高いはずですが、まさか亡くなってしまうとは。

私の近所でも子供が夜になっても帰らないという騒動がありましたが、その後無事に見つかったそうで、行方が分からなくなったことに早く気付いたからといって大丈夫なわけではないんだなと意外な感じもしました。

逆に捜索が遅くなっても無事に帰ってくる場合もあったり、いろいろな状況があるんですね。

現場はそれほど田畑が広がる場所で人が全くいないという感じでもないですし、住宅街でまさか子供が連れ去られるとは思わないでしょうね。

親ももし何かあるならば事故とか、何か嫌なことがあってどこかで過ごしているんだろうと思うようなそういうこと以外は発生しそうにない場所にも感じましたが。

今までも子供が亡くなることはありましたが、行方不明になっても空いている室内で過ごしていたとか、道端に座っていたとか、誘拐にしても元気で発見されたということがあっただけに両親も元気でいる可能性はそう低くはないんじゃないかと予想されていたんじゃないでしょうかね。

10歳になる前にこどもが亡くなり、しかも事件でいろいろとテレビや新聞で大きく取り上げられるとなると気持ちの面でもさらに辛いでしょうね。

世間の声の中には子供の送り迎えをすればよかったと母親も自分を責めてしまっているんじゃないかなど色々な声もありましたが、どんなことでも完璧に防ぐことはできませんし、夜ならまだしも昼なら警戒しないものでしょうから。

アメリカでは子供の送り迎えは親が担当するようになっているそうですが、社会構造や危険の度合いも違うでしょうし、その他家から学校までが遠いなどもあってそれをきっかけに保護者達が送り迎えをする習慣ができていったのかもしれませんし。

今は社会と個人や家族との関わりも薄れ、地域住民の見回りや監視なども親がやった方がいいとか他人は必要以上に関与しない方がいいんじゃないかとか、疑われてしまう場合もあるなどが理由で積極的ではない風潮もあるみたいですね。

もし見回りや監視の中で事件や事故が発生したら、役割を怠ったとか防げた事件事故だと裁判になる場合もあるかもしれませんし、なかなか重い責任が発生するというか、なかなか難しい時代でもあるんでしょうね。

千葉県では登下校見守りの関係者が犯人でしたし、疑われる対象の一人にはなるでしょうし、親にとっても信用できない部分もあるんでしょうしお互いに距離を置くような社会にはなってそうですが。

そういう理由以外にも地域住民がさらに高齢になり外出できない人が増えたなども原因でしょうね。

 

 

 

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