5月は日の出日の入りの変化が大きい

4月頃から日の入り日没が早くはなりましたが、5月あたりになると1週間でもかなり明るさが違ってきますね。

朝の日の出も1週間でずいぶんと違いを感じます。

日の出日の入りの早さ遅さは同じ時期に重なるわけではなく、日の出が早いのが5月で、日の入りが遅くなるのが6月らしいですね。

どちらも同じ日に重なって夏至ではなく、日の出がやや遅くなったあたりに夏至となるそうです。

なんとなく朝の日出が早いのは6月7月だと思い込んでいましたが。

1月頃から3月あたりまではそんなに日の出も変わらないと思っていましたが、短期間で急激に変化することもあるんですね。

とは言えどの月でもやはり遅くなったり早くなったり変化はしていはいますが。

5月になるとやや雨の日が増える気がしますね。

雷が鳴る時もありますが、雷は12月など真冬でも発生しますし、一年を通して発生するもののようです。

5月にはもう蚊が飛び始めたり、蛙の鳴き声が聞こえ始めたり、夏と言う感じがします。

 

新潟県の女児の事件

新潟県で女児が亡くなる事件が発生しましたが、親は帰宅時間が遅いと感じた5時頃に警察に連絡するなどかなり対応が早かったみたいですね。

それだけほとんど毎日家へまっすぐ帰宅するとか、習い事の予定があっていつもは時間通りに帰るのにとかそういう理由があったんでしょうかね。

あるいは一人っ子などで親が帰宅時間にはかなり心配する環境だったのかもしれませんが。

普通だと5時までに帰らなくても明るい時間帯だから事故でなければほぼ無事に帰ってくる可能性が高いはずですが、まさか亡くなってしまうとは。

私の近所でも子供が夜になっても帰らないという騒動がありましたが、その後無事に見つかったそうで、行方が分からなくなったことに早く気付いたからといって大丈夫なわけではないんだなと意外な感じもしました。

逆に捜索が遅くなっても無事に帰ってくる場合もあったり、いろいろな状況があるんですね。

現場はそれほど田畑が広がる場所で人が全くいないという感じでもないですし、住宅街でまさか子供が連れ去られるとは思わないでしょうね。

親ももし何かあるならば事故とか、何か嫌なことがあってどこかで過ごしているんだろうと思うようなそういうこと以外は発生しそうにない場所にも感じましたが。

今までも子供が亡くなることはありましたが、行方不明になっても空いている室内で過ごしていたとか、道端に座っていたとか、誘拐にしても元気で発見されたということがあっただけに両親も元気でいる可能性はそう低くはないんじゃないかと予想されていたんじゃないでしょうかね。

10歳になる前にこどもが亡くなり、しかも事件でいろいろとテレビや新聞で大きく取り上げられるとなると気持ちの面でもさらに辛いでしょうね。

世間の声の中には子供の送り迎えをすればよかったと母親も自分を責めてしまっているんじゃないかなど色々な声もありましたが、どんなことでも完璧に防ぐことはできませんし、夜ならまだしも昼なら警戒しないものでしょうから。

アメリカでは子供の送り迎えは親が担当するようになっているそうですが、社会構造や危険の度合いも違うでしょうし、その他家から学校までが遠いなどもあってそれをきっかけに保護者達が送り迎えをする習慣ができていったのかもしれませんし。

今は社会と個人や家族との関わりも薄れ、地域住民の見回りや監視なども親がやった方がいいとか他人は必要以上に関与しない方がいいんじゃないかとか、疑われてしまう場合もあるなどが理由で積極的ではない風潮もあるみたいですね。

もし見回りや監視の中で事件や事故が発生したら、役割を怠ったとか防げた事件事故だと裁判になる場合もあるかもしれませんし、なかなか重い責任が発生するというか、なかなか難しい時代でもあるんでしょうね。

千葉県では登下校見守りの関係者が犯人でしたし、疑われる対象の一人にはなるでしょうし、親にとっても信用できない部分もあるんでしょうしお互いに距離を置くような社会にはなってそうですが。

そういう理由以外にも地域住民がさらに高齢になり外出できない人が増えたなども原因でしょうね。

 

 

 

小林麻央が亡くなってからあと少しで1年

小林麻央さんが他界されてから6月で1年になりますが、若くして亡くなっただけに家族も同じ体験をした人と言うのもあまりいないでしょうし、辛いことも多いでしょうね。

小林麻耶さんは麻央さんの子供達との距離はいろいろ気を使っているみたいでその悩みもあるんでしょうかね。

小林麻央さんが亡くなる前はおいやめいがかわいいとか、写真をいっぱい撮っているという風に言っていた気がします。

小林麻央さんにかわいがりすぎとか夢中になりすぎ見たいなことを言われていた気がしますが、今では小林麻耶さんは母親代わりのような立場ではないみたいですね。

市川海老蔵さんの密着取材でも、小林麻耶さんの姿は放送されず家族とか歌舞伎関係者と言う扱いではないようです。

小林麻耶さんも小林麻央さんとは違うんだということを改めて感じたのかもしれませんが。

小林麻央さんがブログを始めてから1年後には小林麻央さんが亡くなっていてブログを書くことはありませんでしたが、今思うとブログをはじめようと思うほど何か残そうと思うほど病状はあまりよくなかったんでしょうね。

市川海老蔵さんは仕事上、結婚相手が必要らしく周囲からも結婚をすすめられているみたいですね。

今でも子供の世話などお手伝いさんがやっているみたいですが、歌舞伎の仕事をしながら子供の世話の一部もやっていくのもなかなか大変そうです。

かんげんくんは歌舞伎の道に進むことを決断したみたいですね。

以前はもう舞台は終わりでしょとかあまり気持ちがついていかない様子でした。

市川海老蔵さんも以前は本人の意思を尊重するとか、無理にはさせないとは言っていたものの稽古や舞台はやはりやらなければならないこととして指導しているようでした。

母親がいない大変さもあるでしょうし、稽古の大変さもありそれを支える人とか気を使わずに話せる人は母親以外はそうはいないでしょうし、市川海老蔵さんよりも大変かもしれませんね。

祖母はいるのに母親がいない子供というのは時々いますが、小学校入学前に亡くなる場合というのはそんなには見かけませんし、祖母から亡くなりその後母親の番がやってくるもんだと思うのが自然にも感じますが、年齢が高い人から順に亡くなるというわけでもないもんだなと考えさせられます。

とは言え小林麻央さんの母親も医療の技術によって今も元気なわけであってもし医療がなければ小林麻央さんよりも先に亡くなっていてもおかしくはない状況だったそうですし、それを考えれば小林麻央さんの母親の方が先で、親の方が先という一般的な順だったのかもしれませんが。